万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

トランプ大統領の無法者宣言を考える

 先日、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、ベネズエラへの軍事作戦に関連した発言で、多くの人々の‘目を点’にしてしまいました。それは、自らの権力の限界は、国際法ではなく‘自らの道徳観’であるとする認識を示したからです。これでは、たとえ‘道徳観’からの義侠心・正義心からの行動であろうとも、‘無法者宣言’となってしまいます。それが建前やポーズに過ぎないとしても、少なくとも現代にあっては、自らを法を超えた存在として宣言した政治家は皆無に近いですから、誰もがその非常識ぶりに驚くこととなったのです(絶対王制の復活?)。因みに、議会制民主主義の発祥の地とされるイギリスでは、‘国王と雖も、神と法の下にある’とする格言(13世紀ヘンリー・ド・ブラクトンによる)が語り伝えられ、17世紀の革命期を経て法の支配の確立に貢献しています。

 

 トランプ大統領の無法者宣言は、様々な反応を引き起こすことになりました。国際社会における法の支配の確立を推進してきた日本国にとりましては、同盟国から冷や水を浴びせられる形ともなったのですが、中でも留意を要するのは、国際法消滅論です。これまで世界の警察官を務め、国際社会にあって法秩序の整備に努めてきたアメリカでさえ、法治ではなく人治を公言する時代に至っている以上、国際法は、死亡宣告を受けたとする見解です。

 

 それでは、トランプ大統領の無法者宣言によって国際法は消えてしまったのでしょうか。この判断は、賢明であるとは言えないように思えます。凶悪犯が残忍な事件を起こしたことを根拠にして、刑法は最早存在しないと見なす人がいないのと同じことです。悪人の存在は法の存在を否定するのではなく、むしろ、その必要性を強く認識させるのではないでしょうか。国際社会において今日深刻な問題となるのは、かろうじて国際法が存在しても、それを確実に遵守させ、違法行為に対処するシステムが欠けているところにあります。つまり、問題は、暴力主義国家が出現した場合、その行動を抑制したり、取り締まる仕組みが欠けている現状にあるのです。

 

 トランプ大統領は率直に現状を肯定した点で偽善者ではないのでしょうが、同大統領の発言をもって国際法が消えるとしますと、それは、人治の極みとも言えましょう。一人の人間の発言が、国際社会が努力と犠牲を払い、長い年月をかけて構築してきた法秩序を葬り去ってしまうことになるのですから。そして、人類に残されるのは、大国の独裁者達が跋扈する暴力が支配する世界となりましょう。

 

 この時、国際法消滅論を唱えた人々は、何をもって自らの国を守るのでしょうか。トランプ大統領は、自らの人治を肯定すると同時に、台湾問題に関連して中国の習近平国家主席による独断専行をも認めています。もちろん、暴力主義の国家の存在が現実である以上、抑止力を高めるための措置も必要となりましょう(例えば、全ての諸国に等しく核の抑止力の保持を認める・・・)。しかしながら、人類の未来を慮ればこそ、国際法秩序は決して手放してはならないのではないように思えます。力による抑止と国際法秩序の維持は二者択一ではなく、両者を同時平行させることはできるのですから。そして、グローバリストが背後で操っているとすれば、今般の一連の事件は、三大軍事大国に暴力を振るわせることによる、法秩序の破壊と国際社会の無法地帯化なのではないかと推測するのです(つづく)。

 

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