北朝鮮とは、共産主義国家であると同時、主体思想という極めて特異なイデオロギーによって独裁体制を維持してきた国でした。既に、この思想の発案者が誤りを認めているため、現在、どの程度の影響力が残されているかは不明ですが、主体思想には、奇妙なパラドクスが潜んでいるようです。
そもそも、北朝鮮の主体思想とは、戦後に誕生した現代の思想でありながら、近代ヨーロッパにおいて一時的に流行った国家有機体説の焼き直しに過ぎません。国家全体を人間の身体に譬え、頭部を独裁者とすれば、その手足は国民となるのです。つまり、身体にあっては手足は脳の指令に従って動きますので、国民もまた、独裁者の命令に対して忠実に行動すべきとするのが、この説の中心的な独裁教理です。そして、国家全体を一つの主体と捉えた上で、国家の主体性と独裁者の人格とを一致させているのです。
かくして、国民の主体性や意思を一切無視した、独裁者のみに主体性を認めるとする自己中心的な私物化国家が出現することになったのですが、その実際の行動を見てみますと、思想と行動との間の奇妙な不一致を見出すことができます。主体思想からすれば、周辺諸国など目もくれずに泰然と構えていて良いはずなのですが、北朝鮮は、他の共産主義諸国と比しても、極めて強い承認願望を示しているのです。特にこの承認願望は、アメリカに向けられています。核・ミサイル開発の動機も、アメリカに北朝鮮の存在と独裁体制を認めてもらうことが主たる目的とさています(国家、並びに、体制承認)。
こうした北朝鮮の強い承認願望の由来を探ってみますと、中国歴代王朝から冊封されていた朝鮮半島の歴史に行きつきます。冊封体制では、中国王朝から王位を認めてもらう代わりに、皇帝の臣として属国となります。つまり、国王の地位を安泰となすには、外部の絶対的な権威を有する大国の承認を要するのです。この構図から現在の北朝鮮を眺めてみますと、世界第一の軍事大国であるアメリカこそ、この絶対的な権威ということになります。今日、軍事力を伸ばしつつも、中国では、役不足なのです。
主体性を強調する北朝鮮の主体思想とは、中国の属国であった歴史的なコンプレックスの裏返しなのでしょうが、現実に北朝鮮を動かしているのは、”宗主国”の承認の欠如という不安感であり、並々ならぬ承認願望です。ここに、主体性を誇示しながら、歴史的他者依存から抜け切れない北朝鮮のパラドクシカルな心理が読み取れるのです。
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