万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

太政官指令関連地図は竹島日本領の証拠では

「韓国」のニュース
 先日、弾劾事件へと発展した朴大統領のスキャンダルから国民の関心を逸らすためか、竹島韓国海兵隊が訓練を理由に上陸したと報じられました。竹島問題は、反日感情の強い韓国では、政治家にとりまして、今や、格好の世論誘導の材料と化しているようです。

 ところで、近年、韓国側は、この問題について、1877年(明治10年)3月29日に日本国政府内で作成された太政官指令を持ち出し、日本国は、竹島に対する領有権を放棄したと主張しています。日本国の『明治十年三月 公文録 内務省之部 一』には、“伺い書のおもむき、竹島鬱陵島)外一島の件は本邦と関係なしと心得るべし”と記されているからです。韓国側は、この”外一島”を竹島と見なしています(日本側は、鬱陵島の付属島である竹嶼と主張…)。

 太政官指令の一件は、内務省の地理寮による地籍編纂の調査から始まりますが、この時、照会を受けた島根県は、政府に地図を提出したとされています。この地図には、磯竹島(現鬱陵島)のみならず、松島(現竹島)も描かれているため、韓国側は、何としても”外一島”を竹島(韓国名独島)と見なしたいようなのです。しかしながら、この地図を見ますと、奇妙なことに気づかされます。何故ならば、近代測量術を用いたと思えるほど、磯竹島(現鬱陵島)も松島(現竹島)も、相当正確に描かれているからです。このことは、島根県が、当時、何らかの方法で地図を作成していたか、あるいは、イギリスかフランスから測量図を入手していたことになります(両国の間では位置測定に違いがあり、明治初期の混乱の原因ともなった…)。少なくとも、日本国側が作成した地図であり、それは、磯竹島(現鬱陵島)の脇に墨書きで”磯竹島より朝鮮国を遠望する…”と記した説明文が付してあることからも明白です。そして、この説明文こそ、当事、日本国側では、松島(現竹島)のみならず、磯竹島(現鬱陵島)をも日本領とする認識があったことを示しているのです。また、仮に、太政官指令で竹島をも放棄したとしたら、松島(現竹島)という名称が記されている以上、”外一島”といった曖昧な表現ではなく、竹島(現鬱陵島)並びに松島(現竹島)と連記したはずです(因みに当地図では、竹嶼には名称が記されていない…)。

 加えて、太政官指令はあくまでも国内文書に過ぎませんが、1883年に、明治政府は、李氏朝鮮からの要請を受けて鬱陵島一島のみを対象に日本人渡航を禁じておりますので、対外的には、日朝間の交渉を経た当措置が、日本国政府の領域に対する正式な立場となります。この時、日本国政府は、竹島には言及していませんし、李氏朝鮮側も、竹島に関しては、日本国側に渡航禁止措置を求めていないのです。このことは、当時、朝鮮国は、竹島を日本固有の領土と見なしていたことを示しております。

 最後に残る謎は、太政官指令作成の過程で提出されたとする地図が、一体、誰が、何時、どのようにして作成したのか、ということです。竹島日本国領を証明する地図であるだけに、日本国政府は、その作成の経緯を調査すべきではないかと思うのです。

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