万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘国体’を考える

 第二次世界大戦の末期にあって、日本国は、連合国側から‘国体の護持’という問題を突きつけられることとなります。対日降伏勧告文書であるポツダム宣言にあって、連合国側は‘国体’の放棄を求めていると解釈されたからです。それでは、この国体とは何か、ということになるのですが、一般的な意味で解釈すれば国家体制、即ち明治憲法に基づく当時の日本国の国家体制ということになりましょう。しかしながら、同憲法は、日本国の国家体制を天皇を頂点とする権威主義体制として定めていましたので、事実上、国体とは天皇と同義と解されたのです(‘国体’の‘体’は、国家有機体説からすれば頭部となる天皇の‘身体’とも解される・・・)。

 

 国体=天皇とする認識は、軍部をはじめ多くの人々に共有されており、明治以降の天皇を現人神とする学校教育は、国民に対して一種の洗脳のような作用を及ぼしてもいました。天皇を戴く国の不敗神話は国民に浸透し、戦場にあっては‘天皇陛下、万歳’と叫んで若き命を散らす兵士も稀ではありませんでした。そして、自らの命と引き換えに‘神風’とならんとしたのが特攻隊員達であったことは、まことに痛ましい日本国の歴史なのです。

 

 当時の状況からしますと、国体を失うことは日本国の滅亡であり、天皇は、如何なる犠牲を払っても守るべき存在として見なされたことは理解に難くありません。ポツダム宣言の受託が遅れ、8月にいたってソ連邦の参戦や日本国への原爆投下に至ったのも、日本国が国体の護持に拘ったからとされています。一億玉砕が勇ましく叫ばれ、本土決戦を覚悟した国民も少なくなかったのです。

 

 事実や重要情報は隠されていることが多く、本当の歴史が正確に分かっているわけではありません(ヤルタの密約もあり、連合国側が日本国の降伏を遅延させた側面もある・・・)。何れにしましても、当時、国体と天皇は同一視され、死守しなければならない存在と見なされていたことだけは確かなことです。そして実際に、それが意図的ではなかったにせよ、国体の護持の名の下で日本国民は多大なる犠牲を払うことにもなったのです。

 

 ポツダム宣言の受託によって日本国が壊滅の運命を免れたとしますと(ポツダム宣言の末文は、「右以外の日本国の選択は、迅速且完全なる壊滅あるのみとす」とある)、昭和天皇自身による8月15日に示された降伏の意思表明、すなわち、不敗神話の否定が日本国を救ったことにもなり、歴史の皮肉としか言いようのない結末ともなりました。そして、自らの命の保証がない状態にあっての、この国民を優先した天皇の決断が、それが象徴という立場であれ、国民の多くが、昭和天皇に崇敬心を持ち続けるという心理的な作用を及ぼしたことは想像に難くありません。日本国憲法下にあっても、一先ずは‘国体’は維持されたのです(天皇位と昭和天皇の一身という意味で・・・)。

 

 しかしながら、戦後凡そ80年の時の経過は、より客観的、かつ、冷静な視点から今日の日本国の国家体制の見直しに着手し得る時期が訪れたことを意味します。天皇につきましても、既に二度の代替わりがあり、婚姻等を介して皇族も著しく変質しています。そして、何よりも、一人の人格をもって国家と同義と見なすリスクと非情は、日本国民自身が幾多の苦難と犠牲を忍んで学んだ歴史の教訓でもあります。天皇に対する国民の崇敬心や浮世離れしたカリスマ性を纏っていた昭和天皇のパーソナリティーにおいてのみ成り立ち得た象徴天皇体制も、その前提や条件は既に失われており、科学的や医学的な知見のみならず、一般的な理性や知性に耐えるものではなくなっています。日本国とは、主権者である国民の国家ですので、権威主義体制に類する象徴天皇体制の維持が日本国民にとりまして望ましいのか、と申しますと、この方向性には否定的にならざるを得ないのです。

 

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