万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

唯心論が正しければ人類社会は大きく変わる

 今日における量子論を含む急速な科学の発展は、19世紀以降、今日まで続いてきた唯物論優位の状況を一転しようとしています。また、臨死体験や終末期明晰の報告は、もはや珍しくはなくなっています。かくして、唯心論的な見方が再び復活してくるのですが、‘復活’と表現したのは、生命に対するこの身心二元論の見方が過去においては‘常識’ですらあったからです。

 

 例えば、政治学の祖とされる古代ギリシャの哲学者であるプラトンは、エルという名の人物の臨死体験と推測される記述を残しています。プラトン哲学の基本概念であるイディアとその‘影’としての現世との二元論も、おそらくは死後の世界を語るエルの体験談を踏まえており、この意味において臨死体験は、政治哲学の始まりにあって既に理想論の系譜において内在化してきたとも言えましょう。また、共和制ローマを代表する政治家にして哲学者でもあったかのキケロも、プラトンに倣うかのように『スキピオの夢』を記しています。これも、夢に現れた亡き祖先の導きにより訪れた死後の世界を報告しているのですが、プラトンの記述にはない宇宙における天界の位置にまでお話しを広げているのです。

 

 科学の時代を迎えた近代にあっても、霊魂を研究の対象とした科学者も少なくはありませんでした。たとえば、エマニュエル・スウェーデンボルグは、様々な分野にあって今日の科学の基礎を築いた天才科学者の一人なのですが、後年は、唯心論の立場から天界研究に没頭しています。17世紀から18世紀あたりまでは、むしろ、神、天界、理性、そして人間存在の真実について、むしろ科学者が真剣に取り組むテーマでもあったのです(ニュートンなども聖書研究、あるいは、物理的現象の究極的な根源としての神の存在を想定していた・・・)。科学では説明できないことがあり得ることを素直に認め、哲学者や文学者のみならず、科学者も、それを真摯に探求しようとした時代とも言えましょう(実際に、重力の法則(万有引力の法則)は見つけることができても、現代の科学技術をもってしても、重力が生じる原因を説明できない・・・)。

 

 しかしながら、19世紀以降は、こうした研究は、科学の世界から追い出されてしまいます。迷信や妄言、あるいは、幻覚や幻想の類いと見なされ、たとえ実体験や直接的な目撃に基づく事実の報告があったとしても、それを表にすれば、正気を疑われかねなかったのです。人格まで否定されかねないのですから、唯心論の表明は、‘社会的な危険行為’ですらありました。

 

 こうした流れには、今日、ようやく見直しの機運が生じてきています。そして、プラトンキケロが国家、法律、天界の三部構成をもって人類社会について論じたように、唯心論が、科学的根拠をもって復活してきたことは、個々人の生き方のみならず、政治、経済、社会。宗教など人類社会全体に多大なる影響を与えることでしょう。人々は、自らの内面、すなわち、魂のケアや成長に努めることでしょうし、魂の存在の認識は、他者への尊重にも繋がります(唯物論者のように、人を‘物質’と見なして虐殺などできなくなる・・・)。利己的他害行為である暴力、支配、虐め、搾取、窃盗、騙し、虚言、人身売買、そして、戦争などは(純粋な防衛戦争を除いて・・・)、天界の存在を前提とすれば、自らの魂を地獄に墜としてしまう愚行に過ぎなくなります。この世で独裁者として君臨しても、巨万の富を築いても、魂の行く先が地獄、あるいは、消滅であれば何の意味もありません。因みに、これらの唯心論に基づく書物の多くは、死後における‘勧善懲悪’のメカニズムを語っています(ありとあらゆる悪に対する強力な‘抑止力’ともなる・・・)。

 

 このように考えますと、唯心論の復活は、グローバリスト団体が目指す唯物論の世界とは別の未来を開くこととなりましょう。人々が、健全さ、善良さ、理性、知性、誠実さ、優しさ、美しさ等を尊び、政治、経済、社会等にあって善き制度の整った未来へ(上述したキケロは、‘人民の福利こそ最高の法’と述べている・・・)。皆様方は、どのようにお考えでしょうか?

 

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